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歌の力

香りも音楽も一瞬にして時空を越える力を持っています。
フォークグループ「赤い鳥」も古典となり教科書に載る時代ですが・・私にとっては幼いころの自分に還してくれる歌です。
翼をください
フォークグループ「赤い鳥」の山本 潤子氏は1949年12月30日生。もうすぐ六十才には見えませんね。「赤い鳥」解散後、結成した「ハイ・ファイ・セット」のボーカルでした。
http://www.youtube.com/watch?v=RUbn4gCCMBA&feature=related

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遠い世界に
作詞/作曲 西岡 たかし
1969年

遠い世界に旅に出ようか
それとも赤い風船に乗って
雲の上を歩いて見ようか

太陽の光でにじを作った
お空の風をもらって帰って
暗い霧を吹き飛ばしたい

ボクらの住んでるこの町にも
明るい太陽顔を見せても
心の中はいつも悲しい

力を合わせて生きる事さえ
今ではみんな忘れてしまった
だけどボク達若者がいる

雲にかくれた小さな星は
これが日本だ私の国だ

若い力を体に感じて
みんなで歩こう長い道だが
一つの道を力のかぎり
明日の世界をさがしに行こう
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あなたは海と何を約束しますか?
http://www.youtube.com/watch?v=9FrZlDVuMIY&NR=related&fmt=18

誰もいない海
トワ・エ・モア
作詞:山口洋子 作曲:内藤法美 編曲:森岡賢一郎
1970年

今はもう秋 誰もいない海
知らん顔して人がゆきすぎても
わたしは忘れない
海に約束したから
つらくても つらくても
死にはしないと

今はもう秋 誰もいない海
たったひとつの 夢が破れても
わたしは忘れない
砂に約束したから
淋しくても 淋しくても
死にはしないと

今はもう秋 誰もいない海
いとしい面影 帰らなくても
わたしは忘れない
空に約束したから
ひとりでも ひとりでも
死にはしないと

ひとりでも ひとりでも
死にはしないと
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あの素晴しい愛をもう一度
1971
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竹田の子守唄(赤い鳥) 京都府民謡
1970
http://www.youtube.com/watch?v=vRWpwoQorMM&feature=related

守りもいやがる 盆から先にゃ
雪もちらつくし 子も泣くし

盆がきたとて なにうれしかろ
帷子(かたびら)はなし 帯はなし

この子よう泣く 守りをばいじる
守りも一日 やせるやら

はよもいきたや この在所(ざいしょ)超えて
むこうに見えるは 親のうち

この曲は悲しさや辛さの中にも負けない力強さ、ジンとくるものがあります。京都や大阪各地の被差別部落に伝わる守り子歌(子守をする子供の労働歌)、京都の被差別部落で歌っていたおばあさんの歌を元にして楽譜が作られ関西のシンガーや合唱団の間でうたわれていた伝承歌です。

住井すゑの『橋のない川』が舞台化される際、音楽担当の尾上和彦が京都・竹田地区で採集した民謡を編曲して使ったもので、それが竹田地区の部落解放同盟の合唱団のレパートリーとなり、フォーク歌手たちにも広まったらしいです。尾上氏が採集したのが竹田地区だったので「竹田の子守唄」とされたが元々は無題。それが1969年に「赤い鳥」が演奏して長い時間をかけてヒット曲に。

「赤い鳥」が1971年にシングル・カットして3年間でミリオンセラーとするが、日本の放送局は馬鹿げたことに、被差別部落で歌われてきた民謡だったことを理由に「放送禁止歌」として長く封印してきたのです。(私が中学の頃深夜放送を聴いていた大阪ABC朝日放送は流してくれてたので私は知っているわけですが。)
1990年代にようやく封印が緩み、赤い鳥の解散後に結成された紙ふうせんなど多くの歌手がカヴァーしました。

ちなみにこのB面曲が冒頭で紹介した有名な「翼をください」。赤い鳥は「翼をください」ではなく、「竹田の子守唄」で、ヤマハのコンクールでグランプリを獲得し、プロ・デビューしたのです。

ジャズやブルースも貧しくて差別を受けて苦労を重ね、常に人間とは何か?を問いつづけて生きてきた人たちの中から生れ出た音楽には力があります。「竹田の子守唄」もその一つだと言えるでしょう。
明治、大正、そして昭和の初め頃、今の小一から六年ぐらいの主に女の子は「奉公」に出されました。奉公先の赤ちゃんをおぶって、来る日も来る日も、寺や神社の境内をあやして歩くつらい労働に従事していました。

一番の歌詞は「守り子に来た私(女の子ら)も嫌になる旧盆から先は、雪もちらつくし、背中の赤ちゃんも泣くし」です。京都の冬は他地域の人には想像できないくら寒い・・そして、単なる寒いだけでなく深い心の傷を描いている・・四番。「在所」は「郷里」の意味(京都では、被差別部落を指すこともありヒット曲「竹田の子守唄」をメディアから追い出す要因の一つとなりました)。幼くして貧しさの中で、子守女として奉公に出された少女の哀しい身の上をうたった歌なのです。しかし、悲哀にも負けない力強さも私は感じるのです。それこそ、ジャズやブルースと同じように・・・。はまゆふの☆しあわせアロマ☆ヒーリング
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1 ■おひさしぶりです

私も川村かおりさんの歌う「翼をください」が大好きです
やっぱり 翼がありますね(笑)
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☆プロフィール

はまゆふ

セラピスト:はまゆふ
アロマ環境協会認定インストラクター。臼井レイキ、サードディグリー修了。ボディセラピストスクール卒業後、リラクゼーション整体サロンも経験。自宅でアロマ化粧品の講習、リラクゼーション、レイキヒーリング、天使のアチューンメントを提供。

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