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人生は巡礼の旅☆おくのほそ道 序文

旅に病んで夢は枯野を駆けめぐる 芭蕉(辞世の句)


人生は巡礼の旅。旅に生き、旅に死する。

その時、私たちは、本望な人生だったと思えるでしょうか。
今をちゃんと生きていますか?
次の世界へ旅立つに際して、いつ死んでも悔いはない?

その時、あれもこれも遣り残した・・・とか
子供や愛人への執着とか、手放せますか。


今この瞬間、出し惜しみせず、すべてを花開かせて、
今を精一杯生きてれば・・後悔はないはずです。
本当にやりたいことを先延ばしにしていれば・・悔やむでしょう。


個人的には中学時代には、西行法師や芭蕉に共感してまして・・・
別の人生では旅する僧侶とか山伏、世捨て人であったこともある感じが。でも、結局悟りを開くことはできなかったのだと思います。

その分、今生では、人として生きることから逃げずに、幾多の困難も経て、天界とのつながりと地球へのつながり・現実の人としての生活に、バランスをとって実践的に生きることがテーマだろうと思います。


以下は、芭蕉の、旅への漂白の思いとエピソードです。ご興味のある方だけどうぞ。


俳人、松尾芭蕉が生涯を終えたのは九州へ向かう途中、大阪の句会で食中毒になったためでした。冒頭の旅に病んで夢は枯野を駆けめぐる」はそのとき残した辞世の句とされます(異説あり)。

芭蕉は忍者の里として知られる伊賀上野(三重県上野市)の出身です。なので、奥の細道を始め、全国を行脚し続けたのは俳人の立場で各藩の様子を調べていたとの説もあります。大阪の弟子に囲まれて亡くなったため、辞世の句だけでなく死に際まで詳細に記録されたのでした。芭蕉の諜報活動を嫌う刺客の手で、トリカブトを盛られたとの説もあるほどです。1694年10月12日没。この命日には出身地の三重県上野市では芭蕉祭が行われるそうです。


さて、芭蕉の墓は大阪でなくなったのに滋賀県大津市にあります。琵琶湖のほとり大津駅の隣の膳所(ぜぜ)駅のそばにある義仲寺(ぎちゅうじ)。「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」など数多くの句碑が立ちます。遺言で門弟たちが翌日舟で遺体を運び、ここに埋葬したとのことです。平家討伐の兵を挙げて都に入り一時は京の都を支配した木曾義仲(源義仲)が埋葬されている寺です。以前から義仲をしのんでここで「木曽殿と脊中合せの寒さかな」の句を読んだり、気に入っていたようで、ここに葬られることを望んだのでしょう。


木曽義仲は信州から出てきて北陸路で平氏を破って京を支配しましたが、頼朝の命を受けて鎌倉から都に上ってきた源範頼、義経に破れて追われ、膳所のすぐそばの粟津(あわづ)で壮烈な最期を遂げました。

義仲の死後、側室だった巴御前(ともえごぜん)が粟津から墓所の近くに草庵を結び「われは名も無き女性」と称して日々供養をしたのがこの寺の源流といいます。室町時代に近江守護の佐々木(六角)氏が寺として整備したそうです。義仲の墓の隣に芭蕉の墓もあります。
中学の担任がお坊さんでもある国語の先生で、奥の細道の序文を全文暗証させられました。

「月日は百代の過客(かかく)にして ゆきかふ年月もまた 旅人なり・・・・」

松尾芭蕉 おくのほそ道 序文

月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、来ては去り、去っては来る年もまた同じように旅人である。

船頭として船の上に生涯を浮かべ、馬子として馬の轡(くつわ)を引いて老いを迎える者は、毎日旅をして旅を住処(すみか)としているようなものである。古人の中には、旅の途中で命を無くした人が多くいる。

わたしもいくつになったころからか、ちぎれ雲が風に身をまかせ漂っているのを見ると、漂泊の思いを止めることができず、海ぎわの地をさすらい、去年の秋は、隅田川のほとりのあばら屋に帰ってクモの古巣を払い、しばらく落ち着いていたが、しだいに年も暮れて、春になり、霞がかる空をながめながら、ふと白河の関を越えてみようかなどと思うと、さっそく「そぞろ神」がのりうつって心を乱し、おまけに道祖神の手招きにあっては、取るものも手につかない有様である。

そうしたわけで、ももひきの破れをつくろい、笠の緒を付けかえ、三里のつぼに灸をすえて旅支度をはじめると、さっそくながら、松島の名月がまず気にかかって、住まいの方は人に譲り、旅立つまで杉風の別宅に移ることにして、その折に、
草の戸も住替る代ぞひなの家
「人の世の移ろいにならい、草葺きのこの家も、新たな住人を迎えることになる。これまで縁のないことではあったが、節句の頃には、にぎやかに雛をかざる光景がこの家にも見られるのであろう。」
と発句を詠んで、面八句(おもてはっく、連歌の発句)を庵の柱にかけておいた。

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いつも新鮮な気持で日常を過ごすために、行きたい所に楽しく旅をしていたいですね。三次元的な移動のことだけではありません。豊かな精神性があれば、本を読んだり、四季を感じたり、五感を通じて豊かな世界を旅することができるのです。繰り返しますが、スピリチュアルの世界で自己満足したり、逃避しているのでは、三次元における人生という、貴重な時間を無駄に過ごすのと同じです。自分を100パーセント生きて、旅先で死すれば本望かもしれません。

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comment

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1 ■おはようございます♪

寝るときに、悔いのない一日だったかと振り返るのですが、殆どが後悔ばかりです(x_x;)
やはり一番は子供のこと。
あのとき叱り過ぎちゃったな(または、叱る必要があったのかな?)とか、もっとたくさん遊んであげたかったな。。。と、もしここで離ればなれになってしまったら、私は絶対執着しちゃうでしょうね。

わかってもいても、一切の悔いなく、最善を尽くす。。は難しいですね(^o^;)

今日も一日、精いっぱい頑張ります(*^^*)

2 ■LOELさん

ありがとうございます(^^
この世に生きれば過ちはつきもの。日々悔い改めて、翌日に引きずらないことが大事。リラックスした質のよい睡眠が大事ですね。

3 ■おはようございます

とかく寄り道や回り道の多いこの私の旅ですが、だからこそオリジナリティがそれぞれに出てくるのでしょうね♪

今は90歳を越えた祖母が、二年くらい前に「奥の細道」ゆかりの地を車で何日もかけて巡ってみたいと言い出しまして、少しだけ資料を集めたことがありましたが、結局祖母の体調がちょっと不安定になり断念。。。
でもまた復調できたので、口にはしないけれど、きっとまた想いを募らせていることでしょう^^

4 ■kikiさん

そうです。寄り道や回り道こそ旅だと思うんです。決まり切ったように平々凡々な人生にも学びはありますがオリジナリティには乏しいことでしょうね。
90歳越えても旅にしかも芭蕉の足跡を尋ねようとするお祖母さまには見習いたいですね。
ありがとうございます(^^
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はまゆふ

セラピスト:はまゆふ
アロマ環境協会認定インストラクター。臼井レイキ、サードディグリー修了。ボディセラピストスクール卒業後、リラクゼーション整体サロンも経験。自宅でアロマ化粧品の講習、リラクゼーション、レイキヒーリング、天使のアチューンメントを提供。

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